ヒトリシズカを始めるきっかけ

こんにちは

エイプリルフールだから何かしたいなあ
なんて思っていたら、なにもできませんでした笑

あなたの靴はここにあります
小さい足さんのための靴屋

ヒトリシズカはそんなコンセプトで
小さいサイズの靴を提供していきたいと考えています。

私がヒトリシズカを始めるきっかけは私自身が小さいサイズだからです。
身長145cm、足の大きさは足長約20.5cmと小さく、
合うものがないどころか取扱店がとても少ないことに絶望しました。

私の「サイズ」は文字通り規格外であることに社会からの疎外感のようなものを覚えました。
同じように感じている人はいるはず、私はそれを変えていきたいと思います。

 

私の感じた疎外感、絶望感を少しお話します。
まずは就職活動の時に、ただの黒いパンプス1足を探すのがとても大変だったことです。
百貨店へ行けば何とかなるだろう と思っていたら大間違い。
一応小さいサイズがあったとしても、せいぜい21.5cmまで。
それ以下はわずかにあるだけ。その中から足に合うものを探すなんてとても無理な話です。
いくつもお店を回って取り扱っている一番小さいサイズ聞いて、門前払いを食らう。

これを読んでいるあなたにも経験があるかもしれませんが、こんなにつまんない買い物ってないですよね。

 

服は多少合わなくても、大きくてもさほど大きな問題は起こりません。
しかし靴はそうもいきません。文字通り歩けませんから。
少し大げさに聞こえるかもしれませんが、「靴がない」ということで

ああ 私は 大人になれない どこへも行けない…

と感じたことさえあります。

身長が小さいばかりか、中学生くらいの時から体格も体系もさほど変わらず
コンプレックスであった私は、百貨店などで高いお金を払いさえすれば
パンプスを買える。大人になれると思い込んでいたので私にとって大変な問題でした。
ジーンズにシャツのようなとてもシンプルな恰好も靴さえ良ければそこそこに見えるから
手持ちの服が子供服ばっかりでも大丈夫と思っていましたし、今も思っています。
(余談ですが、「小さい」という個性をコンプレックスと感じるのと同じくらい愛しています。)

 

靴=歩くため必要なもの 歩く=道を歩く=人生を歩く というイメージ

『ユルスナールの靴』須賀敦子著
プロローグより
きっちり足に合った靴さえあれば、じぶんはどこまでも歩いていけるはずだ。
そう心のどこかで思いつづけ、完璧な靴に出会わなかった不幸をかこちながら、
私はこれまで生きてきたような気がする。
行きたいところ、行くべきところぜんぶにじぶんが行っていないのは、
あるいは行くのをあきらめたのは、すべて、じぶんの足にぴったりの靴をもたなかったせいなのだ、と。・・・

「かこちながら」と書かれているものの、このイメージは強烈でした。
この文章の少し後に、須賀敦子がシスターや8つ違いの叔父の履いているレースアップシューズに強いあこがれを抱く場面が出てきます。そしてその場面の最後はこうです。

大きくなったら・・・うらやましさのあまり息がつまりそうになりながら、私は思った。大きくなったら、じぶんもあんな靴をはこう。はいて、この人みたいに、こわがらないで、どこにでもひとりで行こう。

”歩く”に身体的な動作としての歩くと人生を歩くという意味が私の中で強く結びついていきます。
人生を歩く道具である靴が社会の中で手に入らないということが、
私にとってとても深刻で、その心の動きが現在の原動力になっています。

ヒトリシズカの活動で喜んでもらえたらとても幸いです。